「八ヶ岳jomon楽会の若狭と近江を巡る旅」に参加した。目的地は若狭三方縄文博物館。ここには鳥浜貝塚の考古遺物が展示されている。鳥浜貝塚といえば、縄文通なら誰でも知っている“縄文のタイムカプセル”と呼ばれる遺跡だ。1962年、河川敷の改修工事で見つかった遺跡なので、保存状態が極めて良く、大型の丸木舟、縄や編み物の断片、赤い漆塗りの櫛などの漆製品、エゴマ、ひょうたん、シカ、フナなどの動植物遺体と糞石などの発見があった。「縄文時代は石器時代」というそれまでの観念は、この遺跡で覆された。木を巧い、漆使い、植物管理をしていた縄文時代という、新しい縄文文化解明の先駆けとなった遺跡である。三内丸山遺跡などの大型縄文遺跡発見は、鳥浜貝塚より後のことになる。
八ヶ岳山麓富士見町に引っ越してきた考古学好きの私は、縄文時代の遺跡密集地域のど真ん中に住んでいることにふと気づき、縄文時代の勉強を始めた。そして富士見町図書館で最初に手に取った縄文文化に関する本が、哲学者梅原猛編の『縄文人の世界観』だった。その本で環境考古学者安田喜憲を知り、鳥浜貝塚を知った。そして当時、梅原猛が館長をしていた三方町縄文博物館へ出かけたので、今回の鳥浜貝塚行きは2度目となる。今では、「若狭三方縄文博物館」と名前が変わり、展示方法も一段と進化していた。
2度目の鳥浜貝塚はさておき、今回、私の最大の目的は水月湖畔の宿に泊まることだった。湖畔の宿に憧れた訳ではない。水月湖という湖に憧れていた。
水月湖は福井県若狭地方にある三方五湖(三方湖、水月湖、菅湖、久々子湖、日向湖)の一つで、五湖のうち最大面積の湖である。五湖はそれぞれ淡水、汽水、海水と水質(塩分濃度)が違うのと水深の違いから、五色の湖と言われている。
素晴らしい天気に恵まれたその日、梅丈岳の頂上庭園展望台からは三方五湖が見渡され、日本海も光っていた。西の展望台の足下には水月湖が広がり、その日の宿、「水月花」が見えた。宿へは樹林の上を投げたカワラケのように、駆け下りて行けば直ぐ着くような気がする近さだった。水月湖を眺めながらも、湖のそばに早く行きたいと焦った。
水月湖はどうして私を捉えて離さないのか。それは、環境考古学者安田喜憲の研究から始まる。安田喜憲は、発見されたばかりの鳥浜貝塚を環境考古学的アプローチで研究しようと三方湖底をボーリング掘削し、堆積物に含まれる植物の化石や花粉を調べることで、縄文時代の気候変動を復元した。
安田喜憲の研究は、鳥浜貝塚から始まり、日本海側の環境復元のスタンダードを確率したが、さらに精度の高い堆積物資料を得るために水月湖に着目した。三方湖底のボーリングコア(円柱状の資料)には河川流入の影響があったが、水月湖には河川の流入がなく、水深も30mと深いのでボーリング調査をしたところ、細かい縞模様がボーリングコアの全体に見ることができた。水月湖は周囲をほどほどの高さの山に囲まれ、風が吹き荒れることはないので波は立たない。流入する河川もないし、すり鉢状で水深は深く、湖底は汽水で重く、湖面上層部は淡水と分かれている。そのため、湖底は無酸素状態なのでミミズやゴカイなどにかき乱されることはない。しかも三方断層のおかげで湖は少しずつ沈み、埋まらない湖なのだ。そのような好条件のため、地層の縞はくっきりと見え、微細な堆積物の分析ができた。
英語ではこの縞を「varve」と言い、氷河地帯など高緯度地帯では知られていたが、温暖な地帯では研究はされていなかった。日本語にないvarveはスエーデン語の「繰り返し、輪廻」を意味するvarvからきている。varveを日本語で「年縞」と名付けた人は、水月湖の基盤まで掘削する決断した安田喜憲であり、私の尊敬する環境考古学者、その人である。安田喜憲はいう。「この美しい縞模様は、美しい日本の四季が生み出したものだ」と。美しい縞模様を作った日本の風土、日本を誇らしく思わなくてはならない。
年縞堆積物は、過去の環境変化を詳細に復元する目的で使われるものだった。しかし、安田喜憲の助手だった北川浩之はそれだけには終わらせず、地質学的な時間を測る「ものさし」を水月湖の年縞で作ろうと分析を始めた。1枚が1mmもないほどの薄い年縞には、1年分の膨大な情報が詰まっていた。その中の樹木の葉の化石のC14年代を測定すれば、年縞との組み合わせで正確なキャリブレーション(換算法)データが得られる。紆余曲折20年余という時間と、日欧の強い国際協力のもと、水月湖は2013年9月に考古学や地質学での年代測定の世界標準となった。この「世界のものさし」水月湖の年縞は、現在の世界標準時計グリニッジ天文台に対して、過去の世界標準時計と言うことができる。
水月湖のボーリング調査を決断した環境考古学者、7万年分の年毎の縞を数え、分析した学者たちの努力を、この湖は黙って見ていただけだし、今だって静かに沈黙しているだけだ。安田憲喜と中川毅、北川浩之の師弟による研究と欧州の研究機関との連携プレーで、水月湖の年縞が世界一精密な年代目盛り、世界標準となった。その経緯を、本を読んで追っていた私のワクワクを、同行の仲間の誰も知らない。部屋から、大浴場から、レストランから湖面を眺めていた私のことを、私のセンチメンタルな想いを無視するかのように、湖はさざ波も立てず、静かに湖面を輝かせていた。なにせ7万年のひとときのことなのだから。
参考文献:安田喜憲「一万年前」(イースト・プレス)、中川毅「時を刻む湖」(岩波科学ライブラリー)、森川昌和「鳥浜貝塚」 (未來社)
2018年には若狭三方縄文博物館の隣りに水月湖の展示施設が開館する予定。現在は福井県里山里海湖研究所にて年縞を展示し、解説している。