先日、湘南二宮町の海岸で、小学生が台風26号による大波にさらわれました。その数日前、湘南大磯の海辺に立った時は、ほどよい姿の波が浜辺に打ち寄せており、3日後の荒れ狂う嵐は想像だにしませんでした。
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日本最初の海水浴場照ヶ崎を望む |
国道1号線を自動車で大阪から東京へ向かった時代、天下の剣箱根山を越したうれしさと、憧れの湘南だという想いで、大磯のワンマン宰相吉田茂邸前と松並木を走ったものでした。関西人が湘南に憧れるのはどうしてなのでしょうか? 阪神間の海やエキゾチックな神戸があるシチュエーションは、湘南の海・横浜と似ているのに。それは多分、東京に近いという羨ましさからくるのかもしれません。
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その朝、河口湖大橋からの富士山 |
今回は大磯の国道1号線沿いのトンカツ屋のギャラリーで、友人が絵の個展を開くというので、富士山麓を越えて湘南までドライブしました。ルートは富士見ー小淵沢ICー一宮御坂ICー県道137御坂みちー河口湖ー東富士五湖道路ー御殿場ICー秦野中井ICー県道71ー二宮ー国道1ー大磯。トンカツ屋とんかつ屋と、探しながら走ると、目的のとんかつ屋「とんかつはやし亭」は、トンカツ屋らしくない建物でした。ギャラリーの洒落ていること。建物の前には「湘南発祥の地 大磯」の石碑が建っています。大磯は湘南発祥の地だってと、格好いいトンカツ屋の前で感慨を新たにしました。
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とんかつはやし亭 |
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とんかつはやし亭のギャラリー |
「とんかつはやし亭」の隣りは「鴫立庵」です。鴫立庵は三大俳諧道場(京都の落柿舎、大津の無名庵、大磯の鴫立庵)の一つで、俳諧の聖地となっています。「こころなき身にもあわれは知られけり しぎたつさわの秋の夕暮れ」と西行が詠んだ場所が大磯町の鴫立沢で、江戸時代にここに庵が結ばれ、俳諧道場として今日に至っているのです。
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ギャラリーから見た鴫立庵 |
西行といえば、「ねがわくは花の下にて春死なん そのきさらぎのもちづきのころ」と詠んでその通りに亡くなりました。私の親友は西行法師のこの歌に感動して、自分も同じように春、満月の頃に死にたいものだと話していました。
彼女は、如月・望月のころ、2011年2月18日に亡くなりました。その月は格別に見事だったのを覚えています。それから月がだんだんと細っていくまで、毎日眺めて暮らしていました。