2012年12月24日月曜日

メリークリスマス


Frohe Weihnachten!

ベルヴェデーレ宮殿のクリスマスマーケット

カールス教会のクリスマスマーケット

ウィーンの大聖堂 シュテファンスドーム


グラーベンのクリスマスイルミネーション
ヘレンガッセ
クリスマスも近いというのに、まだ街中でクリスマスツリー用のモミの木が販売されています。不思議におもっていたら、クリスマスツリーの飾り付けは24日、お母さんがクリスマスディナーの用意をしている間に、お父さんと子どもたちが飾り付けをするのだそうです。日本のように12月に入って早々と飾って、26日に片付けてしまうのではなく、24日に飾り付けをし、1月6日「東方三博士の礼拝の日」にツリー専用の巨大なゴミ捨て場が街中に設置されるまで飾っておきます。

大小さまざまなモミの木
ツリーを選んだら木の台を付け、ネットでくるみ、持ち帰りやすいようにしてくれます。


2012年12月22日土曜日

クリスマスマーケット


市庁舎前のクリスマスマーケット
急遽、可愛い赤鬼キャビンアテンダントの乗務するオーストリア航空に飛び乗って、ウィーンに来ました。タクシーの窓から見えるウィーンの街は、クリスマス前の華やかな雰囲気に包まれており、到着したばかりの私にもたちまちウキウキ気分が伝染しました。
 早速、翌日から街に繰り出しました。フライウング広場、市庁舎前広場、マリアテレジア広場、ミュージアムクオーター、シュピッテルベルクのクリスマスマーケットは、クリスマス一週間前の日曜日とあって、ものすごい人出。10年前のウィーンのクリスマスはこんな人出ではなかった、と驚きました。



市庁舎ラートハウス前の大木のイルミネーション

ラートハウスのクリスマスツリー
ウィーン市内のクリスマスマーケットで一番のお気に入りマーケットはシュピッテルベルクのです。この界隈はトレンディーな洒落たバーやレストランのあるエリアなので、クリスマスマーケットも大人の雰囲気で、カッコいい人たちが繰り出しています。
 クリスマスマーケットには、ハッシュドポテトのような「エアドアップフェルプッファー(Erdapfelpuffer)」という食べ物があります。このジャガイモの揚げたものを、私は“スイミングポテト”と名付けています。なぜかというと、大きな鍋の中で丸く回りながら揚げ上がるのを見てると、ポテトが油の中を泳いでいるみたいに見えるので。
 各クリスマスマーケットや街角には、ポテトのおつまみを売る屋台が必ずありますが、シュピッテルベルクのが大判で一番美味しく、片手でグリューワインを飲みながら、このスイミングポテトを食べるのはクリスマスシーズンの楽しみです。

スイミングポテトを揚げてる兄さんたち

揚げたてをかぶりつく図





2012年12月5日水曜日

古来稀なる越前の旅


  古来稀なる7人がうち揃い、越前の旅へと勇んで出かけました。7人の内の1人は、鯖江に住んでいるので、そこへ押し掛けたという方が、正しい表現です。数年前の小中高校のクラス会で、越前の蟹と鯖江の眼鏡のことを聞きつけた我々は、直ちに旅することを決めました。東京から3人、西宮から2人、富士見からの1人は、米原でしらさぎ5号に合流、さらに鯖江から1人が乗り込んで「芦原温泉駅」に到着し、予約していたレンタカーに乗り込みました。
  
  ワンボックスカーなる、図体だけが大きい下品なクルマは絶対に運転しないと決めていた私は、ステーションワゴンタイプのスバル • エクシーガ(7人乗り)に大満足して、運転手を努めることになりました。早速、お昼ご飯にと出発。自分のクルマのナビとは違う癖のあるナビ誘導と、「お腹空いたお腹空いた」とうるさい後部座席者に悩まされながら、広々とした田んぼ道を迷いつつ、1時間ほど走って永平寺の近くにある胡麻どうふの店「幸家」にたどり着きました。テーブルにつくと、直ちに「幸家特製できたて豆腐」が運ばれてきました。「火が消えるまでは絶対に蓋を開けてはならぬ」という辛いお達しが空腹に響き渡り、しょぼんとしていると「お造り豆腐盛り合わせ」、「禅の醍醐味白と黒ごま豆腐」などが次から次へと供され、しばし沈黙の内にお豆腐料理を味わいました。


やっと着いた幸家

豆腐づくし
  
  近くまで来て永平寺素通りは失礼に当たるので、予定外の永平寺詣でとなりました。7人中3人にとっては初めての永平寺だったので、ここは「修道院だ」などと不思議なコメントを述べながらの拝観でした。そういえば修道院も豪壮で山の奥にあり、裸足の修業も同じです。                                  





  
  この旅の目的は蟹。三国海岸の「荒磯亭」が宿でした。一人1杯の蟹がつき、茹で蟹として4杯、焼き蟹は3杯、甲羅酒も出てきました。解禁直後はご祝儀相場で高いけれど、丁度値段も落ち着いたところ、天候も荒れてないので蟹の水揚げは良好だとの説明に一同は大満足して、蟹を堪能しました。




  翌朝、6階にある温泉から海に水蒸気が上がっているのを見て、痛く感動しました。
写真は部屋に帰ってから写したもので、もう水蒸気は消えかかっています。      
      

チェックアウト時に見た水槽の蟹たち

  鯖江で、午前中かけて最新式の眼鏡を誂えた一行は、これまた大満足しました。お昼は、「福井の蕎麦処聴琴亭」でした。鯖江第七代藩主間部詮勝がお忍びでしばしばおでかけになられた料亭で、「聴琴亭」という名前も藩主から賜ったものだとのことです。



聴琴亭

何をいただこうかなあ

  鯖江から武生に走り、武生駅前の日本レンタカーで無事エクシーガを返し、しらさぎ12号に乗り込んで、それぞれ帰途につきました。

翌日メールで届いたコメント:
①昔となんの変わりのない皆さまと過ごすことができ、○○歳を忘れました。
②修学旅行の生徒さんみたいに7人枕を並べて寝るなんて、すごいサプライズだったけ  ど、 最高でした。
③運転いつもありがとうございます!
④メガネやさんでのみんなの興奮した顔を思い出し、一人でニヤニヤしていました。
⑤本当に楽しいでしたね。また寿命が延びたみたいです。
⑥皆様楽しくておかしくてよくしゃべり、食べて、ボケてないし健康だし•••ナンモ変わっ てなかったね。 
◎鯖江周辺のアレンジメントほんとにありがとうございました。 

2012年11月27日火曜日

クリスマスの飾り付け



  クリスマスツリーを飾る習慣は英国のヴィクトリア女王の時代から始まりました。ヴィクトリア女王は、ドイツ出身のアルバート公と1840年に結婚し、英国民の憧れる理想的な家庭生活を築いたのは有名です。ドイツのクリスマスツリーを飾る習慣をアルバート公はウインザー城に持ち込み、1848年12月「イラストレイテッド • ロンドン • ニュース」紙は王室のクリスマス風景の挿絵を紹介しました。それ以来、英国ではクリスマスツリーを飾ることが定着し、アメリカ合衆国にも広がり、世界中に広まっていったのです。


2012 クリスマス飾り

  クリスマスツリーと言えば、ホワイトハウスのクリスマスツリーやニューヨーク • ロックフェラーセンターのクリスマスツリーが超有名です。それを思いながらクリスマスの時期に旧大陸に行くと少しがっかりします。

  オーストリアの家庭でクリスマスにお呼ばれしたことがあります。さぞ大きな生の樅の木に、スワロフスキー製のオーナメントをぶら下げているだろうと期待していたのに、部屋には樅の木はありません。クリスマスツリーは飾らないのと訊ねると、小さな子供がいると飾るけど飾らないとのことでした。出窓のところに樅の大枝、小枝を並べて、そこにクリスマスの飾りを付けていました。それも金、銀キラキラではなく蜜蝋のロウソク、ストロー細工のオーナメント、木彫りのヨゼフ、マリア、イエスの像などです。クリスマスツリーを立てる場合も、同じような素朴な飾りつけをします。ロウソクは枝につける金具に立てるので、時々火事を引き起こすらしいです。


2011窓辺のクリスマス飾り
オーストリア風窓辺のクリスマス飾り

高さ7cmのヨゼフ像





ロウソクは10cm
  









2012年11月14日水曜日

ドライハーブリース2012


リース台
  
 毎年、晩秋になるとフレッシュなドライフラワーを分けてもらいに富士見 • 立沢の北原さんを訪ねます。彼女は美しいドライフラワーを作るために、種を蒔く時期、育てる時期、収穫する時期、乾かすタイミングや時間などなどを気配りをしながら、丁寧にドライフラワーを生産しています。
 
 熊井明子 • 桐原春子共著「ハーブ&ポプリ英国風の楽しみ方」を読んで、北原さんの農園を知り、富士見に来る度に訪ねました。あれから20年は経ちました。その間、一緒にチェルシーフラワーショウやオランダのフロリアーデを見に行ったり、お互いの旅の話や花の情報交換をしたりする仲となりました。

赤、白、緑クリスマスカラーのリース
    
    北原さんの作るドライハーブリースは、表参道の「生活の木」で大人気でした。
「生活の木」にはもう置いてありませんが、それと同じリースの材料を、今でも私は分けてもらって作るのを、秋の楽しみとしています。フラワーデザインの教室で使ったり、友人に差し上げたりしています。12月中、原村の八ヶ岳自然文化園にて発売しています。

オーロラをイメージしたリース
   
   フレッシュなドライハーブで作るリースは、製作するプロセスが素晴らしいです。タイム、セージ、マウンテンミントなどで作られているリース台の針金を、もう一度締め直すとたちまちハーブが香り立ちます。リース台に飾りのドライハーブやドライフラワーをつける時、触るだけで、香りは幸せを運んでくれます。しあわせな時間とともに、ハーブリースは出来上がっていきます。

オレンジのマリーゴールドが元気をもたらしてくれるリース

   マミ川崎は「ドライフラワーは枯れても死んでいないのよ。そこには、まだ生花のままの生命が続いているの、でも永遠ではないから花がポロポロ落ちてきたら諦めましょう」とおっしゃいました。ポロポロ落ちてきても、決して私は諦めません。1年ほどはしっかり壁に掛けて置き、その後、香りを楽しみながら焼却することにしています。
  

2012年11月7日水曜日

Appleの「みくさのかむだから」

八咫鏡、八尺瓊勾玉、天叢雲剣が「みくさのかむだから=三種の神器」です。一昔前、家電製品でも三種の神器と呼ばれていたものがあったようです。今頃と言われそうですが、iPhoneを手に入れたので、私の三種の神器はMacBook Pro、iPad、iPhoneとなりました。

重い自動車電話を持ち歩いていた頃からのdocomoとの付き合いは、iPhone5が出たとたん切れました。現政府と同じで決断できないdocomoはもう結構、SoftBankは広告の犬に我慢ならないので、11月2日auショップでiPhone5を受け取りました。

1.  MacBook Pro

2.  iPad  3.  iPhone
Apple愛好者なら古いものばかりと笑うでしょう、第一世代のiPodとiPadが写っていますが、現役です。

11月4日、ピカピカのiPhone5を握りしめながら、東急プラザおもはらに行きました。AppBank Storeでイケメン店員に「iPhone5のケースは軽いのがいいけど、やはりEdge Band?」とたずねたら「今日出たばかりの、このSkinny Fit CaseはEdge Bandより軽いですよ」との返事で即決しました。フィルムを貼って貰って、ニコニコニコです。早速、表参道ヒルズのクリスマスイルミネーションを撮影しました。




iPhone5で写した庭の紅葉は今が盛り、芝生の上に赤と黄色の絨毯がもうすぐ敷き詰められるでしょう。これからはNikon Coolpixに代わりiPhoneで写真を撮り回ります。

スティーブの言う通り、Appleの製品は使っていて、とっても楽しい、ワクワクします。三種の神器はiCloudでパッパッパッと繋がり、楽チン楽チン!

2012年11月3日土曜日

木の文化



縄文時代晩期チカモリ遺跡出土の幅92cmの木柱根

  日本は木の文化、西洋(大雑把な言い方)は石の文化といわれます。木の文化、秋だからすぐ思い出す、柿食えば鐘の法隆寺などの木造建築は、中国から入ってきた技術によってのみ建てられたのでしょうか?                          
  平安時代の公家の子弟たちは大きな建物を「雲太、和二、京三」と覚えました。一番大きい雲太は出雲大社、二番目の和は奈良(大和)の大仏殿、三番目の京は京都の平安京大極殿でした。平安時代、出雲大社は日本一の建造物だったのです。                                 
古代出雲歴史博物館ロビーに展示されている3本1セットの巨大柱(最大径135cm)
諏訪大社の御柱祭を、地元の人々は山から大きな木を引いて来るだけのものだよと謙遜します。しかしこの勇壮な祭りの起源は遥か昔、出雲から流れてきた神が土地のモレヤ族と戦って居座った頃からのものではないかと私はおもいます。

諏訪大社前宮の御柱

  諏訪と出雲の係わりをチェックしたくなり、2010年秋、出雲大社の隣で巨大柱根を見てきました。そして先月、小滝川のヒスイ峡へ行ったのち、縄文時代の巨木柱をたずねて糸魚川市の長者ヶ原遺跡ー寺地遺跡ー富山市の北代遺跡ー小矢部市の桜町遺跡ー金沢市のチカモリ遺跡を巡ってきました。
   
    
小矢部ふるさと歴史館桜町遺跡出土展示室にて



チカモリ遺跡出土の木柱(プール内で保存)

  縄文時代の細工された巨大木柱痕がゴロゴロあるのを見て、雲太、和二、京三と謳われたのは縄文時代からの日本の木の伝統文化があってのものだと確信しました。